さばかりの事

止せ止せ問答 とある人間のブログ

さて書いたから寝よう。

ほろよいももが美味い。

 

結局今日はセブンイレブンの揚げ鶏しか食べていない。動けてるから大丈夫か。

普段の方が、食ってるのにフラフラしてるのに。

 

今日はしまむら行って服を1万円ほど買った。帰り道にブックオフがあったので2500円くらい買ってしまった。

基本的に図書館で本を借りるだけ借りてしまう(借りて満足している)タイプの人間なのだが。

ブックオフのあの何とも言えない古本の匂いが好きだ。高校時代の図書館を思い出す。もう一度、あの場所に行きたい。余程、授業を除けばあの場所にいたからだ。ある意味、高校時代の居場所だったかもしれない。それか、友人のいた理系クラスだ(当人文系)。

古本屋は何かベクトルが違う気がしてならぬ。

立ち読みしてても怒られない感じとか本自体が高くないところとか。出版業界の方には怒られるかもしれないけれど、古本だと何か間違ったことを言ってる気がしても安易にまた売れるのがいい。どうせ、108円の買い物だと思える。だからこそ、大量に購入してしまうのだが。もともと百円ショップでよく2000円以上買ってしまう私だ。捨てれない性格でもあるのだがね。古本の良さとしては他人の脳内を安い値段で見れるのもいい。あと図書館だといつか返さなきゃならないので読み切れないのだが、古本は手元にずっとあるからいい。でも、自分はどちらかと言うと本は買って家に帰ってすぐが一番読む質だが。

 

また、ああいう場所に行くと忘れさられた思考の本があってとても風情を感じる。上手く説明は出来ないけれど。新書でも小説でも今はあまり書店には置いてない昭和の本がある。平成9年に生まれた私からすると、今日見た平成20年くらいに出されたこの考えはもう昭和だという本でさえ紹介されている内容も古い考えに見える。まるで、家庭科の教科書、調理室に残された昭和の匂いみたいだ。昔、故郷の科学博物館においてあった写真の取れるパソコンみたいな。今じゃこのスマホの端末で写真も取れるし動画も見れるし、ものも買える。でも、あの時は最新鋭だった。だから、遠足で一緒に言った皆で取り合いだった。小学2年の時に祖父に急かして買ってもらったハムスターのキャラクターの白黒画面の玩具の携帯も数年後にはカラーになってた。今じゃ、プリキュアの変身道具でさえスマホで学校で隠さない(寧ろプリキュアであることさえ周囲に隠さないこともある)、昔は作中でガラケー型の変身道具を先生に見つかるとまずいという話があった。時代が変わったなぁと思う。

これは教職の資格を取ろうとしている友人から聞いた話だが、同じ教職の先輩が学校の実習に行って生徒だか児童だかわからないが「先生、ゆとりでしょ」と言われたそうだ。その人は、まずゆとりの言葉の意味から説明したそうだが。今の子達は、小学生で中学数学のXYをやるそうだ。

20歳の私がおばさんに見える。実際、彼らから見ればおばさんなのかもしれない。

面白い。歳をくうというのはこういうことなのかもしれない。

 

話をブックオフに戻す。

ブックオフの店内でamazarashiの『ヒーロー』が流れていた。私がamazarashiを好きになった数年前じゃ考えもつかなかった。有名になった。

この前、MステでCoccoが『カウントダウン』を初めてTVで歌った。これもきっとデビュー当時の20年前じゃ駄目だったのかもしれない。

amazarashiの歌詞のように時代は流れるし変わる。平安時代、私は生まれたらきっと美人だと言われたに違いない。団子鼻の美人顔だと。いや、末摘花もあるからそんでもない無いのか。それでも一夜共にして、馬鹿にされながらも一生食い扶持を貰えたのだろう。

ブックオフでちらりと見た背表紙に『バカとブスこそ金稼げ』とあって、少しイラッとした。私にそこまで力は無いからただの言い訳になるのだが(このブログは基本的に言い訳とも言えない言い訳と愚痴しかねぇ)。仕方ねぇ、好きでブスなわけでない。ただ生きてたら、人にブスと見られただけだ。しまむらの大きいサイズコーナーはサイズがあっていいのだが、隣で服を見てる客が怖い。あの人と私は同じサイズの服を着ているのだと自己嫌悪に陥る。鏡で見る体積と、人から見る体積は違う。私は一生自分で自分の顔は見えないのだけれども、それが救いなのか悪いことなのか。マシュマロ女子はただのデブだというが、そうか。敢えて、これまで白い服は着てこなかっただけだ。友人みたいに、善良な人間になりたい。でも、全てのことが面倒臭い。

きっとそれが自分のアイデンティティだ。戯言だけどな。

amazarashi「ヒーロー」

ヒーロー

ヒーロー

  • amazarashi
  • ロック
  • ¥250