さばかりの事

止せ止せ問答 とある人間のブログ

自己肯定感くそ低い自分って何

相変わらず大学のコメントシートって何書けばいいのか分からん。

大した感想もないよ。

 

ビデオ見て、山王祭の神輿が大きかったとか、岩座が大きかったとか、山が琵琶湖が尊いから

祀りたくなるの分かるくらいしか。

 

最近、就活のアレで自己分析を自分でもやるんだけど、エニアグラム診断やっても毎回4の芸術家タイプに分類される。

エニアグラムタイプ4の特徴・適職(職業適性)

少し見るとわかるけど、社会不適合者をそんなふうに言い換えているだけだというスレにぶち当たる。しんどい。

私の誕生日は3月3日なんだけど、誕生日占いやると殆ど同じ事言ってる気がする。たしかに魚座の私は現実世界に生きてない。

3月3日生まれのあなたの運勢 - 七色の誕生日占い

 

まぁ尊敬する程真面目な正義感の強い友人は蟹座のエニアグラムタイプ1だから類友なのかもしれない。

 

話を戻す。私の性質、確かに現実世界に生きれないのわかる。こっちだってしんどいんだよ…魚座しんどいんだよ……物心ついたあたりから虚無感あるんだよ……どっか一人なんだよ

寧ろ、私とは誰だっけ状態だし

寧ろこの世界何生きてるって何存在してるって何それこわい、みたいなのは潜在的にある気がする。

 

あぁでも、私にはスピリチュアルな部分ないけどな。人よりは寺社仏閣参ったり山が尊いと思えたり大地は偉大だと思うけど、信仰心あるつもりだけど、きっと日々の感謝が足りないんだろうな。そういうの見えたらまだ楽だったのかな。存在してる確信を外部からもてるじゃん。

でも、遺伝子的に口寄せ出来た曽祖母の特徴持ってるから…なにか来そうな気もするんだけどね。でも、見えなくて安心してるのも事実。

曽祖母は臨終の際に、父(当時中学生)に色々言ったらしいんだけども。その中に兄のことを含むことを言ったとか。

私のことはノーコメントだったらしいけども。それも私ってなんなのかなって思う要因

 

でも確か、兄が亡くなる時、友達呼んで自分の誕生日会を予定しなかったのは何でだったんだろう…嫌な予感があったのは何だったのだろう。見事に誕生日と兄の葬式が重なったあの日は。従姉妹一人しか私の誕生を祝ってくれなかったあの日は。

 

まぁいいや、どうでもいいや、どうでもよくないや。関心が自分にしか向かないってしんどいよね。その中で安心してるのもほんとクズだよな。

 

劣等感は人一倍、競争心は植え付けられたものだけ浅ましいものだけ。それでも、広い世界に出ると競争心が強い人が沢山いて、私にもあればいいのにそしたら怖くないのにと思うのも悲しいことだね。

 

うん、そんな世界で普段何処にも飛べず、ねちねちしてるから

感じても無駄だと思う。皆感じている誰かひとりが既に感じていることってコメントシートに書く必要あるのかなって思ってしまう。奇を狙え

 

人とは違う何かを

植え付けられた競争心

人から認めてもらうために

 

誰かから肯定してもらうために