さばかりの事

メンタル弱めな喪女新社会人の記録

好きな言葉

私の好きな言葉は大事を取るである。

もっといえば大事を取って休むなのだが。

 

 

私は元々、大事を取れなかった人間だ。

それこそ高熱も学校で発症する様な人間だった。というよりも、親がそうだった。学校を休むというのはあんまり許して貰えなかった気がする。というのは学校だけじゃなく習い事もそうだった。

今朝、夢を見た。夢の内容というのが、実家に帰ってまたそこから東京に帰るという内容だったのだが、その帰りの新幹線に駅まで母に車で送ってもらう時に荷物に赤い鞄があった。それは昔習い事に持っていく鞄だった。

つまりは、習い事の塾に行ってから新幹線に乗れという母の指示の夢。

今でも実家に帰る度習い事の先生の所には顔出すんだけどもね。

そういえば、東日本大震災のあの日も祖父は習い事の塾に私を夕方送った。正直に言うとあの時行きたくなかった。

分かってるけど、日本人の震災時日常通りに過ごすスキルはかなりのものだと思う。東京来てほんとそれなと思う。

というか 、中越の人間よりも東北の人間の方が地震の時に冷静な対処してるの凄いなと感じた。

 

私は駄目だ。小さい地震でも来ると鼓動が凄い。脳みその中のドーパミンがグワワーーッと出てくるのを感じるくらい。脳みその中身が切り替わる。

トラウマといえばトラウマなのだろう。生きるということに素直になってるだけなんだ。

だからか、揺れたと思うと辺りを確認する癖がついている。講義中時々挙動不審なのはそのせいだ。本当に揺れでもしたら私は一番に机の下に潜る自信があるし、実際潜る。

 

大事を取る、という言葉は生命を助ける言葉だと思う。弱腰なだけだと言う人もいるんだろうな。知るか。

こちとら死ぬか生きるかだ。構ってられるか。だったらお前も黙って大事を取れ、死んでしまうかもしれないんだぞ。

 

初めて好きになった歴史上人物が桂小五郎(木戸孝允)なのは伊達じゃないんだぞ。いや、原因は銀魂なんだけど。因みに銀魂だと桂小太郎だけど。

史実の彼は逃げて避けて明治維新を支えて、最後は苛烈する国と同士達に鬱になり死んでいった。好感しか持てない人物だと私は思う。

 

逃げることは生命を延ばすことに大事なことだと感じる、というこのことを大事をとって一時間休んだ学科教習の間に書いている。だって、トイレ行きたかったんだもん。