さばかりの事

メンタル弱めな喪女大生の記録

哀しみ

ヒステリー球苦しくなってきたので愚痴らせてください

 

久し振りに車校に行った。

ええ、一度、ああきっとこの人生徒をストレス発散の道具にしているなと感じる教員に心が砕かれて呼吸できなくなってトラウマになったのを言い訳にして行かなくなっていたら、ご親切に車校が実家に手紙を寄越したらしい。

母親から鬼電が来た。

 

ヒステリー起こしかけた母親の怒声、

その中で、

免許取れないと一人前じゃないと

何故かそれを突き立てた

その後ろで父親が

免許取れないと[地元の特別支援学級の名前]だぞと言った。

母もそれに乗っかり[その特別支援学級の名前]だぞと言った。

 

悲しかった。

今も悲しい。

 今日一日そんな哀しみに暮れている

 

彼らのことを蔑む用語にしたり

娘をそんな風に蔑んだり

 

そんな両親を持ったことが悲しかった。

蔑まれたりしたことが悲しかった。

おかしいと感じた。

 

いや自分が全部悪いんだけどさ

車校行かなかったことも

嘘をつき続けたことも

そんなに怒らなくてもいいじゃないか

 

母親は一度免許とるのに失敗した

だからこそ怒っているのだ 、としてもだ

ならば、だ

娘をそんな風に蔑んだりするのは酷くはないか 

 

ということを言っても、きっと彼らは聞き持たずだから言わない

きっと、ヤバイと思って夢に昔の不器用な友人が出てきて、カーブが曲がりきれなくて母の車を川に沈めたことも知らないのだろう。警察を呼ぶにも母親の携帯が色に溺れて出来なくて沈む車をニヤニヤとして父親が見ていた事も。その父親が私にセクハラしてきた事も。

そして目が覚めたら、友人の親が離婚したいと言ってきたラインを貰って泣いた事も。 

 

知ったところで、だろう。

その友人と話し合ってとりあえず目の前のことを頑張ろうと、人間と向き合うことを頑張ろうとして一緒に朝から行く約束をしたのが昨日。

して電話がかかってきたのが昨日の夜。

(その前に、週末お金入れてもらえる日に入ってなかったからまた見捨てられたのかと苦しくなったけれど)  

 

きっとまた私が車校に行ったのは自分の意思ではなく自分が急き立てたからだと思うのだろ。

そのあと父親からまた電話

酔っ払った父親はまだ機嫌がいい方だった 

車校のお金は母親のお金ですからね 

それより自分の携帯が壊れてるのを何とか買い換えたいと

しかも人任せである

私が東京にいる間に地元の携帯ショップに予約しろと

まだ何に買い換えるかくらいはっきりしてから言ってくれ…

 

それよりお前進路はどうするのだと

早稲田か東大の院かと

酔っ払いの世迷い言

母親の「そんな頭があればあんな大学行ってない」との声。

私、一応行きたくてこの大学入ったはずなんだけどなぁ。

父親が母親へ「酒!」と叫ぶ夜12時近く。

明日9時から教習所行くんだけど、と言っても電話をやめてくれず。

やっとやめるかと思ったら、テレビ電話に「私はお父さんほど甘くないからね」と。

 

ああもうそうですかと

言うしかなかった

 

もう何か言っても聞いてくれやしないのだろう

私に身体の弱い兄の代わりに産んだのだとはっきり言う人達だ

私は誰の代わりでもないのにな

 

私が病気になって登校中学校に辿りつけずしゃがみこんでいたら、声をかけてくれたのは特別支援学級に通う同級生の母親だったのにな

あそこで誰にも声をかけてもらえず放置されていたらどうなってたのだろう

もう苦しいな

 

頑張って朝起きて車校に行く。友人も昨日のバイトで非常識なクレームに悩んでいた。誰かのことを思いやれないってとても悲しいことだ。

 

友人に勇気をもらってやっと受付の人に話せた。実習の予約を入れてもらった

 

問題集を借りて、学科教習の勉強をした。問題を解いて、答えを合わせて、間違ったところを何で間違えたのか、合わせて行った。その作業自体は楽しかった。だがだんだんと腹が立って来た。

 

母親や父親の運転を思い出しつつ、解いて行ったら間違えていたものがあった。つまりは、両親の運転は間違えてる。交差点手前で進路変更してたんですが。

乗員の乗り降り安全に考慮せず家のババアが手をかけたところで発進したり。

 

本当に腹が立った。

でも言えない。

言わない、どうなるかわからないから、

といっても自立などできない

私は我が身可愛さに一ノ谷で味方の手足をなぎ払った平氏となんら変わらない

 

 

午後の講義のために帰った。

昼飯を友人と食べ、談笑

ゼミでその日する発表の人(徹夜)に顔色心配されることがあると話したら

友人曰く、お前見てると暗いってのはあるけど、時々空に消えてしまうような押したら倒れそうな、ふらふらと死んじゃうんじゃないかという儚さがあると。

ゼミの先生とか、就職課の人とかにも大丈夫かと言われるのはそれか。

たしかに、まぁそんなツラで佇んでたら邪なおじさんが声かけてくるわけで。

 

死ぬつもりはないから安心しろ、とはいうものの希死念慮はいつも強い。部屋で日常的に叫んでるのはまだしも、時々どこでも口に出てくる。

 

さっきもコンビニで、バイトに全然来れない人(でも悪びれていないというよりは顔の皮が厚い)がバイト入りたいと言って、恐らくいつもいる外国人店員に金切り声の早口で叩かれているのを見て、死にたいと口走ってしまった。なんだか食欲も湧かず仕方なしにマシンのコーヒーだけを買って帰ってきた。

あのやりとり、レジでやることないのになぁ。と思う心も煩わしいし浅ましいと思った。

 

なんかもう私が消えてしまった方が早いなぁ、と思ったら泣こうと思って、はらはらとこのブログを書いてたら涙も治まってきた。ヒステリー球もなんとか息できるようになってきた。

 

チラシの裏にでも書いとくことを愚痴った

どうか誰も見ても見なかったふりをしてください

 

 私より苦しい人がいると思い込んで自分は恵まれていると思わせるのは本当は何の薬にもならないよなぁ…