さばかりの事

メンタル弱めな喪女専門学生の記録

桜前線に逆らって

平成31年4月1日夕方5時、今、私はMaxときに乗って南下している。桜前線に逆らって南下している。今、高崎だ。車窓から見える桜はほんのりピンク色、というところだ。

 

 

今年の新潟の桜の開花予想は4月2日だと聞いていた、明日だ。ところで、私の故郷の明日から明明後日にかけての天気予報は三日間雪だ。昨日は市内にあられが降った。それでも土筆は沢山生えていて、それを詰んで茹でたらほんのり桜色で春の訪れを感じた。

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先週末、父に長野の信濃町に山菜を買いに求めたらまだ辺りには雪が積もっていて、ふきのとうの初物が出ていた。まだ春が遠い。そらそうだ、あっちの山は5月の連休に名残の桜が咲いているのだから。

 

おや、本庄早稲田の付近は桜が咲いている。満開ではないけれど、そこそこ咲いているのが見えた。

 

 

東京で開花宣言を迎えた翌日に私は実家に帰った。連日、実家のテレビでは上野の桜が映し出された。

上野が好きな私は幸せだった。でも、やっぱりテレビで見るより直で見たい。だから、この新幹線を上野で降りる。

 

毎年なんだかんだ、桜がここ数年ゆっくり見れない。というよりも、ずっと咲いていて欲しい。見ても見足りない。

 

大体地元の桜が咲くのは大体学校が始まって現実が見え始めて嫌気がさしてきたあたりで、桜の花が心慰めだった。入学式に咲いた年もらあったけど珍しいことだった。

 

熊谷、遠くに見える桜の木が白い。満開に近いのだろう。あそこ、連なってるけど川だろうか。

 

話は戻るが、大体毎年桜が見れない。

それは2年前のあの春からだったりもする。あの子と絶好状態になった春からもう2年も経ったのかと思う。また、それはこのブログを初めて2年ということだ。あの春、人間が外で桜を愛でている時に私は部屋で三日三晩くらい泣き暮れた。あれから、なんだか頭に霞がかかっている。

だが、2年たったのだ。3日、3週間、3ヶ月、3年経てば人間は段々と忘れて変わっていく。

変わらなければ救いではない。

 

2年前の春、三日三晩部屋で泣き暮れていたら、部屋から出てきた頃には桜が散りかけていた。世間に取り残されたように感じた。

それから、1日何も食わず外にも出ずという生活が増えた。大学の学年が上がって授業数が減ったというのも要因にあるけれど、何かあの日から自分は何処か壊れているような気がする。

それでも人間は生きてはいかねばならない。

 

去年の春はたしか、何となく外に出る気がせず、また桜が異常に早く咲いたりと実家帰省の期間に当たった。だから、東京でも山に行けば咲いていると思い一人平日の通勤の電車と真逆に奥多摩に咲く桜を見に行った。奥多摩の駅に着いたら自殺防止の立て看板があってそういうことなんだろうなと思った。東京にも山はある。まさか、その一年後、自分がその東京の山と呼ばれるような場所に住むことになるとは思っても見なかったが。

 

大宮付近、桜の木は既に真っ白だ。

 

明後日辺り、また奥多摩に行こうと思う。

人が居ないから自分だけの桜のような気がしてくる。西行法師ではないが。

 

卒業した今だから言えるが、私の4年間通った大学は駒込の近くにあった。駒込のあたりは昔は染井村といって、ソメイヨシノの生まれた土地だとある。私はこの4年間の残り2年くらい、週一二くらいで夜中の染井霊園を散策するのが楽しみだった。心霊現象に出会ったのは1度くらいだ。何回か友人と母に怒られた。

 

夜の墓地の散策は楽しい。amazarashi聞きながら、散策すると元気を貰う。生きようかなと思える行為だった。あそこには様々な人が桜の木の下で眠っている。

自殺した芥川龍之介もいれば、レモンの夫婦仲良く眠っている高村夫妻もいる。外国人もいれば、仏教の人も神道の人もいる。都会だしきっと無宗教の人もいる。如何にその墓地が小さく荒れ果てていようが土地が大きく立派な墓石が立っていようが、維持費の納入がなく遺族と連絡がとれなくなれば舛添さんやら小池さんやらその時の都知事に撤去勧告を受ける。勿論、その後も忘れ去られていたらどんな家であろうが、無縁仏のようになるのだろう。

人間は無常だ。残るのは骨だけ墓だけとなるが墓だって無常なのだ。そこに役所に保管される行旅死亡人の人との遺骨と何ら変わりはない。そして何度も生命を巡らせた後、最終的には地球ごと宇宙ごと無にかえる。

死ぬ生きる考えていても馬鹿馬鹿しくなってきて、歩道を歩いてる隣の墓に眠ってる人ももしかしたら遠い親戚なのかもと思えてきて元気を貰う。

そんなに人間、どんなに荒れていようが死ぬまで他人に怨みを持つ人もいない。皆がみんな誰かを怨んでいたら、みんな妖怪や鬼になって怪奇現象で大変なことになってると思う。

弔いがない現代なら尚更。

 

王子の飛鳥山通過、懐かしい。

4年前の春にあの高台からこの新幹線が走るのを見ていた。

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なかなか、もうここに戻れなくなってしまった。

 

大学卒業してから全然見なかった東京の夢を、染井霊園を歩く夢を2回見た。

 

上野に着いた。

昔はここから沢山金のたまごが東京に入ったのだろう。

ふるさとの 訛なつかし
停車場の 人ごみの中に
そを聴きにゆく

ではないけれど、私にとっても大事な場所だ。

 

約8年ほど前、遊びに来てから大学に行って卒論を書くくらいに大事な場所だった。

 

連日のテレビの報道では喧嘩や流血沙汰があって心配していたが新年度の月曜日とあってか花見客は少ないと思った。

 

諸々の所に御参りしつつ、東照宮の参道で屋台飯を買って頬張った。完食した頃、予報通り雨が降ってきたからいそいそと花見を切り上げた。名残惜しいがまた上野の桜が見られることが出来ると信じたい。

 

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そういえば、今日はエイプリルフールで新元号発表の日だ。ところでその昔不敬極まりないのだが、私は小学生時代、自由帳にアイドル漫画を描いてストーリーに限界を感じて、作品内世界の架空の天皇崩御させ主人公のライブの生放送を打ち切った展開を描いたことがある。不敬過ぎる黒歴史だった。今回、そんな方法を取らずとも悲しみの空気がない中で発表される元号に対して、まるで生まれたての赤ちゃんの誕生を祝うようでその元号自体が平和の象徴みたいで、それかすごく素敵だと思った。

めでたい日だ。

平成生まれの私達は、今日本来であれば新社会人として新しい門出の日だ。友人達に初日お疲れ様を言いながら、容易に学生身分の私がお互い頑張ろうねと言っていいのか未だ謎だ。

私もあと数日したら専門学校の入学式、18歳の子達と交流するのは少し不安だ。若いんだろうな…。負けないようにそれなりに頑張ろう……

 

いつも上越新幹線乗ると1番前に朝日山の広告がある。私のような新潟から上京した女性を据えている。今日乗ったらそれが無かった。この前は、実家から戻る時は上京した日の初心を思い出すというものだった。私は最近初心忘れているから、あの日の意気込みを少しでも今日上野に行ったことで思い出せて良かった。

 

新しい環境に行っても皆が頑張れますように。

私の場合は仕事の前段階の研修期間だと思えば。

 

と、東京の山付近の新居へ向かう電車で思ったのです。

令和

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